皆さまこんにちは。前回は“ロジスティック回帰分析”について書きました。今回は再び問題解決実践編で、根本原因分析を取り上げます。題材は今(2023年8月現在)話題の“異次元の少子化対策”です。
岸田首相が2023年年頭に打ち出した“異次元の少子化対策”ですが、朝日新聞の4月の世論調査によると、「期待できる」33%に対し、「期待できない」61%とネガティブな意見が大半を占めました。他メディアも同様の調査結果を発信しているので、これが大半の国民のリアクションなのでしょう。
1. “異次元の少子化対策”の概要
ではまず、“異次元の少子化対策”がどんなものか、おさらいしておきましょう。こちらの記事によると、年頭の時点で、1)児童手当など経済的支援の強化、2)学童保育や病児保育、産後ケアなどの支援拡充、3)働き方改革の推進の3本柱になるとされていました。この3本柱を見る限り、これらは“子育て支援”であり、“少子化対策”とは別物だという認識が世論調査のネガティブなリアクションにつながったのではないかと考えられます。
その後、2023年6月に具体策として“こども未来戦略方針”が決定されています。この中身を見てみましょう。目次を見てみると、1)こども・子育て政策の基本的考え方、2)こども・子育て政策の強化:3つの基本理念、3)「加速化プラン」~今後3年間の集中的な取組~、4)こども・子育て政策が目指す将来像とPDCAの推進、となっています。目次レベルで見る限り、やはり“子育て支援”色が強そうに見えます(苦笑)。この中の“1)こども・子育て政策の基本的考え方“がエグゼクティブサマリー的な内容なので、この中身をもう少し見てみます。
こども・子育て政策の基本的考え方 – まず現状認識
・2022 年に生まれたこどもの数は 77 万 747 人となり、統計を開始した 1899 年以来、最低の数字となった。また、2022 年の合計特殊出生率は、1.26 と過去最低となっている。
・出生数が初めて 100 万人を割り込んだのは 2016 年だったが、2019 年に 90 万人、2022 年に 80 万人を割り込んだ。このトレンドが続けば、2060 年近くには 50 万人を割り込んでしまうことが予想されている。
・若年人口が急激に減少する 2030 年代に入るまでが、こうした状況を反転させること ができるかどうかの重要な分岐点であり、2030 年までに少子化トレンドを反転できなけ れば、我が国は、こうした人口減少を食い止められなくなり、持続的な経済成長の達成 も困難となる。2030 年までがラストチャンスである。
といった感じです。数値も含めて、現状はある程度しっかり分析されているように見えます。ただ問題解決者として気になるのは、“2030年までに少子化トレンドを反転”という目標設定です。“2030年”というタイムラインが設定されているのはよいのですが、“少子化トレンドを反転”という言葉が具体的に何を指しているのかがよくわかりません。この点は後で触れるとして、先を読んでみましょう。
こども・子育て政策の基本的考え方 – 対策の方向性
・今回の少子化対策で特に重視しているのは、若者・子育て世代の所得を伸ばさない限り、少子化を反転させることはできないことを明確に打ち出した点にある。
・既に、本年の賃上げ水準は過去 30 年間で最も高い水準となっているほか、半導体、 蓄電池、再生可能エネルギー、観光分野等において国内投資が活性化してきている。まずは、こうした取組を加速化することで、安定的な経済成長の実現に先行して取り組む。 その中で、経済成長の果実が若者・子育て世代にもしっかり分配されるよう、最低賃金 の引上げや三位一体の労働市場改革を通じて、物価高に打ち勝つ持続的で構造的な賃上げを実現する。
・次元の異なる少子化対策としては、(1)構造的賃上げ等と併せて経済的支援を充実さ せ、若い世代の所得を増やすこと、(2)社会全体の構造や意識を変えること、(3)全 てのこども・子育て世帯をライフステージに応じて切れ目なく支援すること、の3つを 基本理念として抜本的に政策を強化する。
いかがでしょうか?ここで問題解決者として気になるのは、現状認識からいきなり対策にいっていることです。問題解決のセオリーは、根本原因分析でしたよね。この点も後で触れたいと思います。
ここまでで、①目標設定、②根本原因分析の2点を問題点として指摘しました。あと財源についても書かれているのですが、今回の投稿の本題から外れそうなので割愛します。それでは、以下に問題点2点を各々見ていきたいと思います。
2. 異次元の少子化対策の問題点 – ①目標設定
先ほど “少子化トレンドを反転”とはどういうことなのか、と問題点を指摘しましたが、これは現状認識で“2022 年に生まれたこどもの数は 77 万 747 人となり、統計を開始した 1899 年以来、最低の数字となった。また、2022 年の合計特殊出生率は、1.26 と過去最低となっている。”とあることから、恐らく“年間出生数”ないし“合計特殊出生率”、もしくは両方が KPI となると考えられます。
ここで第一生命経済研究所が面白いシミュレーションをされています。
これによると“①出生率低下が加速したここ3年のトレンドが続いた場合、②過去10年のトレンドが続いた場合、③10年前(2012年)の水準まで年齢階層別出生率が戻る場合(上昇した35歳以上出生率は横ばい)の3通りに分け、2030年の出生数を試算した。結果はそれぞれ①55万人、②66万人、③85万人となった。”とのことです。
このように“出生率を2012年の水準に戻し、2030年の出生数を85万人にすることを目指す”等と、具体的にKPIと、KPIごとの目標値を設定しないと、施策が成功したのか測定ができなくなってしまうので、問題解決の際に目標設定は大事です。ここを曖昧にしておくと、例えば“少子化トレンドを反転”とは“第3次ベビーブーム(出生数200万人規模)の実現”等と曲解される可能性があり、そうなると議論が全く違う方向にいってしまいます。仮にそうなると“小母化”の問題が出てきて、そもそも現状では不可なので“日本は終わった”等という悲観論が助長されると思われます。
ちなみに日経新聞記事によると、2012年の合計特殊出生率は1.41だったとのことです。リンク先にもあるように、この“1.41”というのも人口を維持するためには決して高くはないようですが(“2.07”が必要⇒人口置換水準と言います)、先進国で人口置換水準を達成できている国はなく、フランスや北欧が比較的高いですが、2.07には届いていません。
現状(2023年現在)“1.26”の日本としては、まずは“1.41”を目指すというのは現実的な目標と言えるかと思います。注:もっとも政府としては、1.8という目標を掲げているようですけどね、この辺は今回の異次元の少子化対策では全く触れられていないですね。。
さて、ここまで当たり前のように“出生率=合計特殊出生率”という前提で書いていますが、出生率関連の指標でもう1つ、“合計結婚出生率”というのがあります。合計特殊出生率が未婚女性も含んでいるのに対し、合計結婚出生率は“既婚女性が一生の間に産むとされる子どもの平均数”です。ここで面白いグラフがあります。
これを見ると、合計結婚出生率はそれほど下がっておらず、概ね1.7~1.9レベルを保っているそうです。つまり結婚さえすれば、子どもを産む人はさほど減っていない、言い換えれば出生率の低下は、産んだ後の子育ての問題ではなく、その前段階、未婚者が多いことにあると言えると思われます。これはこの後の根本原因分析にも関わってきます。
2. 異次元の少子化対策の問題点 – ②少子化の根本原因分析
先ほど、問題解決者として気になるのは、“現状認識からいきなり対策にいっていること”と指摘しました。問題解決のセオリーは、根本原因分析でしたよね。それでは実践編ということで、改めて“少子化の根本原因分析”をしてみましょう。
根本原因分析で使える手法として“フィッシュボーン分析(ロジックツリー)”と“5回のなぜ”がありましたね。まず問題点を幅広く分析するには“フィッシュボーン分析”、特定の問題を深堀りするのが“5回のなぜ”でした。この場では、まず幅広く見てみる必要がありそうなので“フィッシュボーン分析”を使います。ただ投稿にも書きましたが、個人的にはロジックツリーの方が好きなので笑、ロジックツリーでいきます。
少子化の根本原因分析その1 – フィッシュボーン分析(ロジックツリー)
目標は“出生率を2012年の水準(合計特殊出生率1.41)に戻し、2030年の出生数を85万人にすることを目指す”、逆に言うと、問題はなぜそうなっていないのか?ということと言えます。これを左の出発点に置きます。
この根本原因を探すためにブレークダウンしますが、こういう時には MECE に考えるためのフレームワークが必要でしたね。何を使うか?問題解決者の腕の見せ所ですが、この手の“人の一生”に関わるようなテーマの場合、“ライフステージ”は使いやすいフレームワークです(先ほど、異次元の少子化の基本理念3点でも、この言葉が出てきましたね)。ではツリーを見てみましょう。
(*1) 出所: https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r03/zentai/html/honpen/b1_s05_01.html
(*2) 出所: https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000184815_00039.html, https://hataractive.jp/useful/4561/
(*3) 出所: https://www.yomiuri.co.jp/life/20220610-OYT1T50245/
(*4) 出所: https://www.yomiuri.co.jp/politics/20230602-OYT1T50149/ https://toyokeizai.net/articles/-/197294?page=2#:~:text=%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AF%E3%80%81%E5%90%88%E8%A8%88%E7%B5%90%E5%A9%9A,%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
(*5) 出所: https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/research/cyousa21/net_riyousha/html/2_4_3.html
ライフステージ順に見ていくと、まず“進学”ですが、大学進学率は過去最高レベルです。次いで“就職”も、大卒・高卒ともに高い就職率を維持しています。“進学できず、就職もできないために結婚できない”という流れが根本原因ではなさそうです(個別にはそういう人もいると思いますが、ここでは大局的に見ます)。
“結婚”に関して、未婚率は皆さんご存じの通り上昇し続けています。1980年時点と比べると一目瞭然です。次に“出産”ですが、既にみたように“合計特殊出生率”は過去最低を記録していますが、“合計結婚出産率”で見ると、それほど下がっていない、と見ることができます(若干データが古いのが難点ですが)。ですので、結婚さえすれば出産はする⇒未婚者の増加が少子化につながっている、と考えるのが妥当に思われます(もちろん結婚しても出産という選択をしない人もいますし、不妊の問題ありますが、ここでは本題から外れるので置いておきます)。
最後に“子育て”ですが、“生活全般の満足度”で見ると、子育て世帯の満足度は、未婚者よりも高くなっています。このことから、“子育ては大変だから、結婚しない”ということではなさそうです。
上記から、やはり“未婚率の高さ”が、少子化の根本原因になっていそうです。ここで“未婚率の高さ”を深堀りするために、“5回のなぜ”を使ってみたいと思います。
少子化の根本原因分析その2 – 5回のなぜ
分析に入る前に、いくつか基礎情報を共有しておきたいと思います。
まずこちらの図を見ておきたいですが、国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、未婚者の結婚意向は過去から現在までほぼ9割近くを維持しており、ベースとして結婚意向が下がっているということは決してないと言えそうです。
ではなぜ若者は結婚しないのでしょうか?主な理由を見ておきましょう。
ちょっとごちゃごちゃしたグラフですが、昔から一貫して“適当な相手にめぐりあわない”がダントツの1位ということが見て取れます。経済的な問題とか、“自由や気楽さを失いたくない”、“まだ必要性を感じない”等の理由もよく聞きますが、やはり出会いのなさが一番の問題のようです。
ここに面白いデータがあります。
これもごちゃごちゃしたグラフですが、よく目を凝らしてみます笑。40年ほど前(1982年)と比較して一番大きく落ち込んでいるのが“見合い”です。見合いは20-30年ほど前から大きく落ち込んでおり、これは納得の結果です。その見合いの代わりを担っていたのが“職場結婚”で25年ほど前(1997年)からの落ち込みが顕著です。代わりに、最近伸びているのがネット婚です。まだまだ数としては少ないですが、“見合い”、“職場結婚”という2大結婚お膳立てシステム(笑)を失った現代の希望の星と言えそうですね。
ではいよいよ“5回のなぜ”を見てみましょう。
“3回のなぜ“になっていますが、前にも書きました通り、解決可能な改善策を考え得るところにたどり着ければ、5回にこだわる必要はありません。この辺で、解決策が考えられるのではないでしょうか?
ちなみにこの根本原因と、“異次元の少子化の基本理念”を比較してみると、アンマッチ感がありませんか?この辺が、この施策への期待感の低さにつながっているように思われます。
3. 根本原因を解決するために
ここまでで、“見合い・職場結婚に代わる、安心の結婚お膳立てシステム“が必要、ということがわかってきました。これに対する対策はどんなものがありうるでしょうか?参考までに、内閣府の資料を見てみると、色々検討されているのですよね。これらをなぜ異次元の少子化対策で取り上げないのか、不思議です。
ただ、こういうサービスを公的にやるとイマイチ感が出てしまいそうなので、中身は民間に任せて、国は費用面での支援をする程度でどうでしょうか?婚活費用(相談所費用、婚活アプリ、等)を支援する。ただし未来永劫支援となると、先延ばしを助長するので(結婚は勢いが大事!)、1年間限定とかにすると効果が高まるかもしれませんね。あと出産につなげることを目標と考えると年齢制限も必要かもしれません(20~30代、せいぜい40代前半位まで。いわゆるシニア婚は対象外、等々)。
また“安心のシステム”という意味では、今のネット婚はまだ十分ではないのかもしれません。これらのサービス提供会社に、政府が何らかのお墨付きを与える等してもよいのかもしれません。
と色々書いてきましたが、政策決定レベルでは様々な議論がなされ、様々なしがらみがあって、今の形になっているのかと思われます(と信じたいです)。ただもう少し見せ方を何とかしないと、国民の理解は得られないのではないでしょうか?
今回は、根本原因分析の実践編として、現実の題材に対して、フィッシュボーン分析(ロジックツリー)と5回のなぜを使ってみました。こんな感じで、色々なケースで使えることがご理解いただけたのではないかと思います。
今回はこのくらいにさせていただき、また次回以降、続けていきたいと思います。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。